「お前、ヒラタだろ」の是非。書籍 デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場
2021.04.24

「お前、ヒラタだろ」の是非。書籍 デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場

皆様こんにちは。
ROBROY designing outdoors
秋元悠佑です。

「お前、ヒラタだろ」とは、プロレス。スーパーストロングマシンに対して、藤波辰爾が正体をばらしてしまった、伝説のマイクのセリフであります。

第18回 開高健ノンフィクション賞 受賞作「デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場」(河野啓 著)を一気に読んでしまいました。 面白い。このノンフィクションがすごい!

冒険の共有を掲げる”登山家”栗城史多さん(享年35歳)を死後に取材した、彼の挑戦の真実に迫るノンフィクション。

良かった点。

○ 徹底取材
書かれたのは死後ですが、著者はテレビマンとして、生前の栗城氏を取材した経験を持っています。自らの実体験と、取材を通して浮かび上がった新事実を上手く織り合わせて、著者にしか書けない作品に仕上がっています。いくらSNS時代と言っても、昔の交際相手や、こっそり通っていた占い師まで探し当てて取材を行ったのは、本当に凄い。著者の魂が込もった仕事であることが、良く伺えます。

○ 圧倒的な筆力
著者は、文章が上手。時制が行ったり来たりしても、混乱はなく一気に読み進めてしまうのは、著者の文章のテンポの良さだと思います。中盤から後半にかけて、一気に引き込む構成になっている。
栗城氏に肩入れするでもなく、批判に終始するでもなく。淡々と起こったことが描かれ、問題提起が投げられます。これぞノンフィクション。人間ドラマ。とにかく、前提として抜群に面白いわけ。

個人的感想として。

山のことは全くわかりませんが、一応私もアウトドア業界にいて、山のアウトドアブランドとのお付き合いもありますので、栗城氏のことは、”エベレストに登らない人”として、認識はしていました。ずいぶん賛否の巻き起こる人だなあとも。
それでも、注目されないよりは、注目されるだけマシでしょ、というような現代の空気感もわかってはいるつもりです。

著者は、栗城氏のことをタイガーマスクに見立てて、覆面レスラー的であると評しています。虚と実。素顔と覆面。入り混じった「栗城像」が描かれていて、何とも言えない読後感が残ります。
彼の登山は、いくつもの虚によって塗り固められていたこと。疑惑の凍傷や、滑落死を迎えたことに対する推考。彼の登山は、挑戦と呼べるようなものではなかったことが書かれています。
彼の登山は、「お笑い的」であり「プロレス的」であり、エベレストは、主演、栗城史多を演じる演出家の舞台でありました。小池百合子的だなとも思いました。

それは良くわかったのですが、本人には、もう反論の機会がありません。著者は、死者に鞭打つことになる作品を発表するにあたって、是非の判断は読者に任せたいとあります。私個人は、この内容を本人が亡くなってから発表するのは、フェアではないと思いました。覆面レスラーは、謎に包まれているから価値があり、「ヒラタだろ」は、絶対のNGなはず。バケの皮を剥ぐのは、彼が生きている間にすべきだったことです。

しかし一方で、今作によってバケの皮が剥がれた栗城史多氏を、私は初めて良く知ることになったし、彼の極めて人間的な弱さや虚栄心に触れて、彼が求めていたであろう「共有」(ここでは共感)を感じたことも事実です。激しい誹謗中傷しか残らなかったことを考えれば、皮肉にも、今作が彼の救済になっているとも思います。著者はそこはフェアに書いていると思うし。

なので、どう処理していいか、評価が難しい。ルール違反だけど、書かれるべき作品でもある。

モンスターの内面をあぶり出している今作は、ルポルタージュとしての、のめり込む面白さがありました。人生全体をエンターテイメントと捉えた栗城氏の物語は、第3者の考察によって、これをもって決着すると思います。

栗城氏を通じて、社会に対する問題提起もなされています。栗城氏を生み出した、この社会の構造とは何なのか。私個人としては、栗城氏が称賛されるような社会はダメで、実を伴っていないで”夢”を語る行為は「ダサい」とはっきりと認識しておきたいと思います。後を考えない投げやりな挑戦は、諦めただけ。
絶対に引けない信念やプライドがあるから、挑戦は価値があるのだと思います。守るものがあるから、美しい。その点、はっきりと、「栗城氏はダサかった。」

そして栗城氏は、人間的な素晴らしい魅力を有しながらも、登山を愛してはいなかった。そこに敬意はなかった。

私は、カヤッカーです。
カヤックを愛して、そこに敬意を持ち続けたいと思います。
同時に、挑戦は他人に理解してもらうためにやるものではない。自分との約束のために挑戦するものであって、死の瞬間、自分だけが誇れれば、それで良いものだと強く思いました。
「世界七大陸最高峰、単独無酸素」のようなキャッチコピーは、私にはいらないわ。

以上、彼が命を賭けて演出したエンターテイメントを観た私の感想になります。
主演 栗城史多と、著者 河野啓氏に感謝したいと思います。

純粋なエンタメとして、めちゃくちゃ面白かったよ。
一番喜んでいるのは、天国の栗城さんだと思う。

2021シーズン  第24日目
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